アルプスを歩く

肉体的には確かにきついが、ノンストップで絶景を楽しめ、さらに“自分へのご褒美”も我慢しなくていいとなれば、次の休暇先としてアルプスの「ツール・ド・モンブラン」を考えてみるのもアリだ。

WRITTEN BY LARRY OLMSTED

PHOTOGRAPHED BY CHRIS BRINLEE JR.

スコットランドのネス湖にはネッシー、北米のロッキー山脈にはビッグフット、そしてヨーロッパのアルプスにはダウーと呼ばれる伝説の生き物がいる。ダウーは獰猛なトラから大人しいマーモットまで、さまざまな動物の姿をして現れる。ただしどんな姿に化けようとも、一目でそれと分かる特徴が一つある。それは左右の脚の長さが違うことだ。アルプス最高峰、モンブランのような急峻な山の斜面を、常に同じ方向を向いて歩いているためにそうなったのだという。それでもダウーはアルプスの山々と自らの境遇に満足しているらしい。私たちも世界で最も有名なトレッキングコースの一つ、「ツール・ド・モンブラン」を数日歩けば、この幻の動物の気持ちが少し分かるかもしれない。

山歩きのスタイルは通常3つに分けられるが、仕事をしている現役世代の愛好家にぴったりなのは、そのうち1つだけだ。例えばアメリカ、コロラド州のパイクスピークなら、基本的には気軽に日帰りで山歩きができる。これが1つ目の、最も難易度の低いスタイルだ。1つ飛ばして最も難易度の高い3つ目は、長期の休みとサバイバルスキルが必要なスタイル。例えばアメリカ東部にあるアパラチアントレイルなどの超長距離自然歩道では、頻繁にキャンプをして自力でサバイブしなければならない。加えて長い休みが必要になるため、休学、休職中などを利用するしかない。

となると、働く人があくまでの通常の休暇を使って、なおかつしっかり山歩きがしたいとなれば、その中間、2つ目のスタイルとなる、1週間か2週間程度で回れる景色のきれいな場所へ行くのが理想的だろう。パタゴニアなど有力候補地は数あるが、中でも多くの愛好家や専門家が最高評価を付けているのが、西ヨーロッパの最高峰・モンブランの周囲をぐるりと回る「ツール・ド・モンブラン」だ。これは3つの国(フランス、スイス、イタリア)を通る環状トレッキングルートで、高山病やマラリアにかかる心配がなく、テント泊などの不自由を強いられることもなく、さらにはキリマンジャロやマチュピチュの登山道のように、長い行列に加わってのろのろと進む必要もない。

実際、「ツール・ド・モンブラン」は肉体的にはタフなコースだが、我慢を強いられることは全くない。コースの途中にはヨーロッパ屈指のスキーリゾートがいくつかあり、ラグジュアリーホテルに宿泊して、スパトリートメントを受けるもよし、チーズフォンデュやリゾットなどの郷土グルメやミシュラン星付きレストランでの豪華なディナーに舌鼓を打つもよしと、さまざまな楽しみ方がある。つまり運動、自然、自分へのご褒美を組み合わせた理想的な休暇ができるのだ。アルプスは一年中いつでも素晴らしいが、とりわけ春と夏には牧草地に色鮮やかな野の花が咲き乱れ、雪を戴く峰々を背景に一面を彩る。


「ツール・ド・モンブラン」は、世界で最も歴史のあるトレッキングコースの一つだ。その名に冠される通り、モンブランの山頂は常にコース上から見え、他にもそそり立つアルプスの峰々、巨大な青い氷河、緑に覆われた谷が望め、魅力的な山麓の町や崖、滝を見晴らせる高台が随所にある。時には雲の上を歩く日もあり、ドラマチックな景色が目の前に広がる。コースは変化に富み、平坦な道から急斜面、ジグザグ道、眺望の良い尾根、峡谷に架かる吊り橋、そして何頭もの乳牛や羊、眠たげなセントバーナード犬がいる牧草地まで多種多彩。アルプスでは、山歩きと言ってもケーブルカーやゴンドラを利用することがよくあるが、このルートも例外ではなく、また違った趣が楽しめる。標石がひっそりと置かれた峠の国境を歩いて越え、岩の上に腰掛けて、野生のヤギやマーモットがたわむれる姿を眺めながら、のんびりとランチを食べよう。この旅では山歩きの楽しみを全て、たっぷりと味わうことができるのだ。



アメリカ、ワイオミング州に住む内科医でアウトドア愛好家のケイティ・ノイズにとって、地元のティトン山脈は裏庭のようなものだ。そんなノイズは、数年前、父親と一緒に「ツール・ド・モンブラン」を歩いた時のことを懐かしそうに話す。「山歩きの途中で、よく“レフュージオ”を見かけました。とてもきれいな店で、エスプレッソコーヒーとケーキを売っているんです。アメリカの山の中では、あんな店は見つかりません」。レフュージオとはイタリア風の山小屋のことで、絶景を望むパティオが付き物、そして大抵はフルサービスのレストランが入っている。立ち寄って何を頼むにしろ――自家製パスタにしろ、エスプレッソコーヒーにしろ、冷たいビールにしろ――山歩きの途中で休憩する場所としてはとても洗練されており、イタリアらしさを感じる。しかも、ヘリコプターを使わないと食材を調達できないような、思いもよらない場所にあることが多い。 


どの旅行代理店を通じて予約しても、「ツール・ド・モンブラン」のツアーはほぼ全てフランスのスキーリゾート、シャモニーが出発点および終着点で、そこから(伝説の生き物、ダウーのように)同じ方向に歩いて一周するルートとなる。各トレイルの起点に複数のハイキングコースが示されているので、それを参考にその日のルートを選ぶと良い。ぐるりと一周するには、1日に約16キロメートル歩いた場合、8~12日かかる。


1821年創業のシャモニーガイド組合(chamonix-guides.com)は世界最古の山岳ガイド組合で、非常に評判が良い。ヨーロッパでは山岳ガイドはエリート職とみなされており、さまざまな訓練を受けて資格を得る必要がある。「ツール・ド・モンブラン」に行く場合、組合に直接問い合わせてガイドを雇い、ホテルや交通手段のアレンジを自ら行う人もいるが、大半の人はアウトドアツアー専門の旅行代理店を利用する。

シャモニーガイド組合に所属するトップガイドの一人、ベアトリス・ミュニエは、 ナショナル・ジオグラフィック・エクスペディションズ(nationalgeographic.com)、 MTソベック(mtsobek.com)などの旅行代理店が提供するツアーでガイドを務める。シャモニーに生まれ、有名な登山家一家に育った彼女は、30年以上も「ツール・ド・モンブラン」でガイドをしており、オフシーズンには地元でスキーを教え、その合間にネパールやモロッコのアトラス山脈で山岳ツアーガイドをする。「多くの旅行代理店がガイド付きツアーを提供していますが、ルートはどれもほぼ同じです」とミュニエは言う。「ですが最上級のツアーでは、より豪華な食事が楽しめます。加えて、特に差が出るのは宿泊場所です」。


アメリカの旅行代理店から「ツール・ド・モンブラン」行きツアーを選ぶなら、MTソベックREIエクスペリエンス(rei.com)、ウィルダネス・トラベル(wildernesstravel.com)、アルペンワイルド(alpenwild.com)などがトップクラスとされている。これら最高級ツアーを催行するトップクラスの旅行代理店は、ちょっとしたことだが、実は重要ということをきちんと行う。例えば、顧客に食物アレルギーや食べ物の好みについて事前に聞き、毎回食事前にレストランに連絡を入れ、対応してもらうよう確認することなど。また、高級ツアーになるほど、食事他全ての料金がセットになったオールインクルーシブ制になる傾向があり、ジュネーブ空港に着いた瞬間からツアーが始まる。


ップクラスの旅行会社の中には、荷物の輸送とツアー客の送迎をするためにフルタイムで運転手を雇うところもある。そうすると、例えばツアーの途中でシャモニーやクールマイユールにそれぞれ2晩ずつ滞在し、翌日はツアーに再合流する、というようなことも可能になる。1グループにつき2人の山岳ガイドが付き、出発点、終着点、距離などを複数の選択肢から柔軟に選べるのもうれしい。

トップクラスの旅行会社の中には、荷物の輸送とツアー客の送迎をするためにフルタイムで運転手を雇うところもある。そうすると、例えばツアーの途中でシャモニーやクールマイユールにそれぞれ2晩ずつ滞在し、翌日はツアーに再合流する、というようなことも可能になる。1グループにつき2人の山岳ガイドが付き、出発点、終着点、距離などを複数の選択肢から柔軟に選べるのもうれしい。


地元の専門ガイドを雇う大きなメリットの一つがこれだ、とミュニエはいう。「選べる選択肢が多岐にわたるのです。荷物を運んでもらうか、宿泊するのは山小屋がいいか、あるいはホテルがいいか、など。出発した後も、ずっとさまざまな選択肢があるので、我々ガイドは毎日、その日の天候と参加者の体力を考慮してルートを選びます」。


また、ワゴン車付きのツアーなら、疲れたときや土砂降りの雨になったときも、トレイルを歩くのはスキップして、次の宿泊先まで車に乗っていくことも可能だ。とはいえ、理想を言えばルートを一周したいし、一日でも山歩きを欠かしたくはない。なぜなら一日として同じ日はなく、毎日が素晴らしく忘れ難い日々の連続だからだ。