Crescent Beach, 2021


表紙アーティスト:アンドリュー・ダッドソン

反復から生まれる奇跡

By Brooke Mazureka

アンドリュー・ダッドソンの深遠な作品は“反復”という手法によって生み出される。

1970年、『ナショナル・ジオグラフィック』誌は、同社初の天体図 『Map of the Heavens(天空図)』 を発売した。その名の通り、夜空に見える星の位置などを示した図で、そこには古代の神々の名前も散りばめられている。 そのタイトルや描かれ方は、2000年以上前から続く天体図作成法の伝統にのっとったものだ。時代が下って17世紀末に作成された天体図では、神話上の人物が神からの視点でなく、地球からの視点で星座の上に配されるようになるが、こうした視点の天体図は当時まだ珍しかった。 カナダを拠点に活動するアーティスト、アンドリュー・ダッドソンが天体図の“新たな変化”に気付いたのは、2008年のことだっ た。「ある年を境に、出版社はこうした図のタイトルに『heaven(天)』という言葉を使うのをやめて、『star chart( 星図)』と呼ぶようになったのです」。それからというもの、 ダッドソンはeBayや古物商などで古い天空図を集めるようになった。購入した古図の一枚に、1850年に発売された『天空一覧 (Visible Heavens)』がある。ダッドソンは衝動的にこの図を何度もコピーした。オリ ジナルをコピーし、コピーしたものをコピー する。それをまたコピーし……という作業を延々と158回も繰り返したのだ。 「同じ手順を繰り返すだけで、何という か、図が劣化したような感じになり、だんだん抽象的な図像が浮かび上がってきました」とダッドソンは言う。黄道帯に鎮座して いた神々の姿は消え、代わりに、大きな黒い 四角形が飛沫のような黒い斑点を従えてせり出してきた。「ブラックホールみたいなものが画面を支配するようになったのです」。

Andrew Dadson and Blue Wave, 2021


ダッドソンの創作プロセスの大部分は “反復”からなる。例えば絵画作品の『ウェーブ(Wave)』シリーズは、数カ月にもわたり、 パレットナイフでキャンバスに絵の具を塗り重ねて制作される。また、『プライマリー・ ウェイテッド(Primary Weighted)』(2021 年)は全面がほぼ柔らかい白一色で覆われ、キャンバスの縁あたりから、その下に塗り重ねられた色彩がわずかに顔を覗かせ ている。絵の具はキャンバスからずり落ちてしまいそうなほどの厚みで、さながら絵画と彫刻のハイブリッド作品といった趣だ。もしこの絵の断面図が見られるなら、そこには悠久の時を感じさせる“地層”が隠れていそうにも思える。「毎日スタジオでやらないといけないことは分かっているのです」とダッドソンは言う。「マークメイキング(さまざまな素材や手法を用いて線や点、模様といったマーク―― しるしを生み出す)をただひたすら繰り返すのです」。その言葉の通り、ダッドソンは制作に取り掛かると一定期間、同じことを儀 式のように繰り返す。同じモチーフを繰り返し描くこともあれば、何かのしるしを何百回も写真に撮ることもある。そうするうちに、 確固としていたものの輪郭はぼやけていき、 もともとは些細なもの、何でもなかったようなものが、現実離れした、得体の知れない存在として立ち現れてくる――。 バンクーバー近郊のオーデイン美術館で 開催されるグループ展(「制御不能:スケー トボードのコンクリートアート(Out of Control: The Concrete Art of Skateboarding)」、 2023年1月8日まで)を控えた2022年の晩夏、こうした創作プロセスなどについて、ダッ ドソンに話を聞いた。

 “出勤”するアーティスト

毎日決まった時間にスタジオに“出勤”して、制作をしているそうですね


ええ、スケジュールはきっちり立てるほうなのです。11歳の子どもがいて、学校への送り迎えもありますから。昔からそうだったわけではありませんが、私の性格に合っているのでしょう。


現在、どのような作品に取り組んでいますか


2021年10月から『ウェーブ』シリーズの新作に取り組んでいます。バンクーバーにはサーフィンができる場所がトフィーノくらいしかないのですが、僕はそこで長い時間を過ごします。トフィーノは潮の満ち引きがとても大きくて、潮が引いた後には砂浜に波紋のような模様ができます。小石や貝殻が独特な模様を作ることもあります。僕はそれを絵画で再現しようとしているのです。まず鉛筆で大まかな波の形を描いて、それから、パレットナイフで絵の具を塗り重ねていきます。うまく塗れなかったり液だれしてしまったりすることがあっても、調整しながら作業を続けます。


『ウェーブ』は浜辺の崖を連想させる作品ですね。潮が引くと地層が見えますが、そこに時の流れを感じるというような…


僕は作品のタイトルに地質学関係の言葉を使うことが多いのですが、その理由は芸術も、掘り起こすと地層がある自然界のものと同じだと思うからです。自然はいつも僕の心の中にあり、作品に織り込んでいるものです。

Black Medic and Foxtail Barley (Medicago lupulina and Hordeum jubatum) Pink, 2019


Ginestra (Cytisus scoparius) Violet, 2020


White Tree, 2017


処女作はどのようなものだったのですか

今も制作を続けている『塗られた景色 (Painted Landscape)』という連作があるのですが、その第一作が処女作です。 このシリーズは開発中の地域に行き、自分で調合した絵の具で“そこに自生している植物を塗る”というものです。絵の具は牛乳やチョークから作ることもありますし、植物性染料のインディゴを使うこともあります。現場で制作した作品はその場限りのものなので、写真に撮った後はそのまま自然に戻るのに任せます。 この手法のきっかけは2003年に、実家の庭の芝生に色を塗ったことでした。僕の目には芝生がとても変な空間に思えたので、ど うせならもっと目立つものにしようと思って。 まあ、これはちょっと乱暴なやり方でした。 その後はもう少し抑えた表現で、都市の拡大 や開発について繊細に語ることができるようになりました。それが以後の同シリーズ作品に反映されています。もっと植物に寄り添い、 植物と一緒に作り上げている作品です。これまで多分、20カ所くらいの場所を塗りました。

場所選びの基準はありますか


最新作の舞台はバンクーバーの空き地です。昔あった店が取り壊され、更地になっていた場所です。僕が植物の写真を撮る時は被写体をフレームいっぱいに写し、大きくプリントします。被写体が完全な主役になるわけです。ただ、作品となった場所は、少し離れて見たら、誰も気に留めないような所です。こうした場所こそ、僕の探し求めている所です。変わりゆく場所、忘れ去られた場所。僕が去った後、1~2カ月もすれば、そこはもう舗装されているかもしれません。


You never know what’s coming.

Exactly. But it’s part of the development.

Cuneiform, 2015–Ongoing


芸術の道に入ったきっかけは?

芸術やアーティストに興味を持つきっかけとなったのは、スケートボードのカルチャーです。学生の時に惹かれていた作家は大体、自然と対話しながら制作するランドアーティストでした。ロバート・スミッソンの作品を当時直接見たことはありませんでしたが、本で目にしてら、自分が作る作品もこんな風にしたいと考えていました。アクション(行為)、マークメイキングをドキュメンテーション( 記録して提示)するというものです。

9月に行われたグループ展には僕の写真作品100点が展示されましたが、これは僕が街角などで見つけた”しるし”――マークメイキングの一部です。例えば街で見かける「駐車禁止」などの看板を壁から剥がすと、大抵の場合、貼られていた所に、誰かが適当に塗った接着剤の跡が残りますよね。僕はそれを写真に撮っています。フォントの一種みたいにも見えます。


象形文字みたいにも見えますね


その通り。僕もこうしたマークを“何かを表しているけれど、今となってはその意味が分からないもの”、というふうに捉えているのです。元の標識がなくなると、そこに何があって、街の中でどんな役割を果たしていたのか分からなくなります。自分の名前、いや、罵り言葉の一つでもいいから、そこに書いておけばいいのにとも思います。いろいろ見ているとパターンがあることに気付きます。誰でもそれぞれジェスチャー(言葉の代わりとなるもの)があるわけですから。


アメリカからフランスに拠点を移した画家・デイビッド・ホックニーは、環境の変化による作品への影響がとても大きいと語っています。あなたの場合はどうですか


バンクーバーでは1年のうち10カ月は雨が降っているので……(笑)。ここは自然のサイクルが他の地域とは異なるので、植物についての僕の考え方もその影響を受けています。1年のうち写真作品に取り組める時期は限られていて、春と夏だけです。空き地のアスファルトの割れ目から草が生え出す季節です。


バンクーバーは先住民族のスコーミッシュ族、ツレイルウォウトゥス族、マスキーム族が先祖代々所有し、本来なら現在も彼らのものであるはずの土地です。あなたはそうした場所で生活や仕事をしていることを認め、感謝の気持ちを示しています。こうした、その土地が持つ歴史性も作品に影響を与えているのでしょうか


自分たちが生活している土地が“譲り渡された場所ではない”ことを認めるのは、本当に大事なことです。僕は、自分がやっている仕事は常に、自分がいる場所や自然を反映しているものだと感じています。今のスタジオがある場所は、バンクーバーでも貧困世帯が多い地区です。パンデミック中、通りの向かいにある公園には大きなホームレスキャンプができました。しかし市はテントを撤去しようとし、結局、ホームレスの人たちは別の場所にテントを移さざるを得なくなりました。僕たちは最近、その公園にアートテントを開設する許可を得ました。ここを多くの人に開かれたアートスクールにしようと考えているのです。人々が気軽に立ち寄って、作品を作り、生活用品などを手に入れて帰れる場所です。

White Re-stretch Violet/Blue/Green/Yellow/Orange/Red, 2013


同じシリーズに長年取り組んできた中で、時間についての認識も変わってきましたか


時間に対する考え方が大きく変わったか はよく分かりません。いずれにせよ、僕にとって重要なのは“時間や距離によって物の見え 方が変わってくる”という点です。絵画作品の『リストレッチ(Restretch)』シリーズ(上写真)もそうした視点から生まれたものです。このシリーズでやっていることは、『天空一覧 ( Visible Heavens)』をひたすらコピーしたのと同じで、単に形態が違うだけです。 『リストレッチ(Restretch)』シリーズでは、引き延ばしたキャンバスに絵の具を塗り重ね、何カ月もかけて層を作っていきます。こうして絵の具が生乾きしたら、キャンバスを再び引き延ばし、ひと回り大きい木枠に張り直します。すると、変わったのは土台だけで絵の大きさは変わらないのに、絵の具が塗られていない境界が現れます。これって生命みたいだな、と僕は思うんですね。ある部分は影響を受けても、全体としては、常にそこにあった、より大きなものにつながっているのです。