Ama Dablam mountain, Nepal

ヒマラヤの“隠れた山”に登る

ヒマラヤ山脈の6000メートル級の山々は、これまでエベレストの陰に隠れてあまり注目されてこなかった。だが、これらの山にこそ“ヒマラヤ登山”の醍醐味が詰まっている。

By Chris Brinlee Jr.
Ima Tse

青空に映える五色の祈祷旗、 高地に立つ荘厳な寺院、一心不乱に読経する修行僧 ──。ネパールと聞いて思い浮かぶ光景はそんなところだろう。あるいはそれは、エベレスト山頂付近の岩壁「ヒラリー・ステップ」前で登山者が列をなし、世界最高地点での記念撮影を待っている様子かもしれない。登山をする人なら誰もがこの神秘の山に憧れるものだが、さすがに 標高8,848メートルの世界最高峰に挑むのは難しいと感じている人も少なくないだろう。 そうした人におあつらえ向きと言おうか、エベレストの名高い“エベレスト・ベースキャンプ(以降、EBC)”をゴールとするトレッキングが人気を博している。確かにこれもそれなりに楽しめるが、悲しいかな、神々しい世界の屋根は、未だ遠い存在に感じられるのが現実だ。 だが、諦めるのはまだ早い。ヒマラヤには、そうした神秘的な山々とのつながりをもっと手軽に体感できる場所がある。最高峰級の山々の間にひっそりとそびえる、標高6000メートル級の山々だ。この“隠れたヒマラヤ”は、もちろん目に見えないわけではないが、これまでトレッカーからもクライ マーからも無視されがちだった。それには多分、ネパール山岳協会による山のややこしい分類法が関係している。 ネパール山岳協会の分類では、30座ほどあるこれらの山々は「トレッキング・ピーク」に分けられ、最高峰のエベレスト(ネ パール語名はサガルマーター、チベット語名はチョモランマ)をはじめ、ローツェ、アマダブラム、アンナプルナなどを含む「エクスペディション・ピーク」とは区別されている。 「トレッキング・ピーク」というのだからトレッキングに向いていると思ってしまいそうだが、実際は軽装で歩き回れるような類いの山ではない。分類表でも「特別な装備が必要」とわざわざ記載されている山が多いため、自然とハイカーやトレッカーは敬遠することになる。一方で、この分類にはやはり、登山の対象としては一段下というニュアンスがあるため、本格的な登山家もやはり敬遠する。つまり、「トレッキング・ピーク」 の山は中途半端な存在であり、特に目ざといヒマラヤ好きでもなければスルーされがちだったのだ。

Lobuche East

Ima Tse

Transcendent Expeditions

今年創業したばかりのTranscendent Expeditionstranscendentexpeditions.com)は、これらの“隠れたヒマラヤ”の山々を登る旅を専門とする旅行会社だ。そのツアーでは、イムジャツェ、ロブチェ・イースト、 キャジョリといった、エベレストがあるクーンブ地方の6,000メートル級の山を登ることができる。ベテランの登山者だけでなく、 登山歴の浅い人も参加できるよう日程は短めになっているものの、高地ヒマラヤを本格的に体験することが可能だ。 実際「トレッキング・ピーク」の山を登っている間は、一般の登山客にはほぼ会わない。出くわすのは、他の、より高い山に登るための高所順応トレーニングを行っている山岳登山家くらいである。「トレッキング・ ピーク」の類いまれな魅力について考えれば考えるほど、「なぜもっと多くの人が登らないのだろう」とつくづく不思議に思う。 多くの点で、6,000メートル級の山々こそ、 ヒマラヤ登山を楽しむのにうってつけだ。 このくらいの標高だと、8,000メートル級を目指す人がやるような何カ月間もの高所順応トレーニングも必要ない。山歩きに慣れている元気な人なら、ごく短期間の高所順応トレーニングの後、EBCから歩いて1日の距離にあるロブチェ・イースト(標高6,119 メートル)への登頂、下山までを、たった2週間で達成することも可能だ。 さらに「トレッキング・ピーク」の山々の場合、登山道までの道のりや高所順応トレーニングの間、ほぼずっと「ティーハウス」と呼ばれるヨーロッパ風の施設を利用できる。これはルート沿いにある質素だが快適なロッジで、温かい食事やくつろげる部屋を提供してもらえる。こうした施設や荷物を運んでくれるポーターのおかげで、登山者は比較的軽い装備での移動が可能だ。自分で背負うのは、リュック1つで十分だろう。登山者は体への負担を軽減でき、 現地の人々は実入りのいい仕事の機会を得られるこれらの仕組みにより、ヒマラヤ登山がより容易、かつ身近なものになって いる。

Ima Tse

Ima Tse

登る山を決める

ネパールのヒマラヤはいくつかの地域に分けられるが、登山客が最も多く訪れるのはエベレスト地域、アンナプルナ地域、ランタン地域の3つだ。多くの人が訪れるだけあって、これらの地域では必要なインフラが整っている。アンナプルナ地域は、世界有数の長さを誇る周回トレッキングコースでよく知られる。一方、エベレスト地域の魅力はやはり登山の醍醐味を味わえる点だろう。実際、「トレッキング・ピーク」のうち、最もよく知られたものは全てエベレスト地域にある。エベレスト地域には、首都カトマンズから、北東部の町、ルクラまで飛行機で行くのが一般的だ。短距離離着陸機で向かう45分の空の旅では、眼下に広がる壮大な景色に目を奪われるに違いない。ただ、ルイムジャツェクラにあるテンジン・ヒラリー空港への着陸時には少々心構えが必要になる。この空港は滑走路が短く、変わりやすい気象条件もあり、「世界で最も危険な空港」と言われているからだ。ルクラは、標高約2,860メートルの高地にある小さな町だ。1日目は空港到着後、より標高の低い地点に向かい、いったん高度をかなり下げる。2日目に再びその高度まで戻り、以降、少しずつ高度を上げながら、目的地点の高度まで体を慣らしていく。2日目はナムチェバザールで宿泊する。パン屋や銀行、登山用品店などが軒を連ねるこの村を最後に、現代生活とはしばらくお別れになる。3日目以降は、目指す山によって旅程が変わってくる。

イムジャツェ(標高6189メートル)

エベレスト地域の「トレッキング・ピーク」の中で、おそらく最もよく知られている山はイムジャツェだろう。エベレストと並び立つ山、ローツェから連なるイムジャツェは、氷の海に浮かぶ岩の島のように見えること から「アイランド・ピーク」という愛称で親しまれている。 ベースキャンプが設けられているのは、青白い氷河沿いのモレーン(氷河が下って行った時に運ばれた岩石などが堆積した場所)だ。毎年、登山シーズンになるとここにテント村が出現し、登山者やガイド、 ポーター、専属コックらが集まり、にわかに活気の満ちた場所になる。やはりベースキャンプには登山者として訪れる方が、EBCにトレッカーとして立ち寄るより、本格的な気分が味わえる。 登頂を目指す一日は、午前1時、ガイドからのモーニングコールで始まる。テント内に届けられるお粥とゆで卵、それにヤク(ウシ科の動物) のチーズで腹ごしらえをしたら、出発だ。最初の数時間は、両手を使って岩場をよじ登って行く。地平線に太陽が現れ始める頃、氷河に到着。 ここで登山靴にアイゼンを装着し、パーティーの他のメンバーとロープで体を結び付け合ったら、いよいよ最後の難関、山頂への登攀だ。 氷河の上を行く際は、誰かがクレバスに落ちても他の全員で支えられるように、ロープでつながれた各メンバーが等間隔に並び、慎重に進んで行く。その先に現れる、300メートルもあろうかという巨大な氷の絶壁が、頂上への最大の難所だ。各メンバーはここで体をつないでい たロープを外し、壁に張られている固定ロープにユマール(登高器)を 取り付け、それぞれのペースで登って行く。酸素が薄いので、息を吐き切っては深く吸うように心掛けなければならない。くじけそうになった時は、山頂に立てても立てなくても、夜にはゆっくり休めるのだと自分に言い聞かせるといい。

ロブチェ・イースト(標高6119メートル)

人々がEBCをゴールとするトレッキングを楽しんでいる間、ロブチェ・イーストは目の前にそびえているが、ほとんどの人はその岩と氷のピラミッドを眺めるだけで終わりにしてしまう。だが、思い切ってその東峰にチャレンジすれば、極上のアドベンチャーを体験できる。この山のベースキャンプは、麓のロブチェ村から、時々ヤギと出くわしながら3時間ほど歩いた所にある。付近には小さな湖があり、その浄水は飲み水や調理用に使うことができる。テントを張るのは、その脇にある、露出した平らな岩盤の上だ。序盤は石の転がるなだらかな道を行き、ベースキャンプと山頂の中間地点辺りまで来た所で、アイゼンを付け、ピッケルを握り、メンバー同士をロープでつなぐ。ここからの登りも傾斜はあまりきつくないが、足元はむき出しになった氷河だ。アイゼンで氷を踏みしめながら登って行くと、固定ロープが張られた急勾配の雪壁が現れる。頂上は切り立った雪稜の先にある――さあ、勇気をふりしぼって登り切ろう。山頂制覇の暁には、北東にエベレスト、南にアマダブラム、西にチョラツェという絶景が待っている。

キャジョリ(標高6186メートル)

The North Face Advanced Mountain Kit (AMK)

The Superlight 10 sleeping bag

Gear Up

ウェア

ザ・ノース・フェイスthenorthface.com)の「Advanced Mountain Kit」は、タフな山岳登山に求められる最先端の機能性を取り入れたウェアコレクションだ。世界のトップクライマーらの協力を得て誕生した一連の製品は、独自開発の5つの素材・構造を採用し、山岳登山用ウェアとしてトップクラスの性能を誇る。「L1」と名付けられたベースレイヤー(肌着)のシャツ(175ドル)とパンツ(125ドル)は、独自開発のニット「DOTKNIT」を採用。激しい運動時に衣服内にたまる湿気を効率良く吸収・放出し、快適さを保つ。ベースレイヤーの上に重ねるミッドレイヤー(中間着)「L2」のプルオーバー (275ドル)とパンツ(225ドル)は、激しい運動をしても蒸れにくい高機能フリース「FUTUREFLEECE」製。さらに、ダウン入 りミッドレイヤー「L3」のプルオーバー(650ドル)とパンツ(500ドル)を重ねれば、通気性を確保しつつ保温性を高めら れる。防水透湿素材「FUTURELIGHT」を採用した「L5」のジャケット(700ドル)とパンツ(600ドル)は、同社史上、最も 高性能のアウターレイヤーだ。一番上に着る「L6」のダウンジャケット(1000ドル)とダウンパンツ(800ドル)は、独自の 「CLOUDDOWN」構造を採用。1000フィルパワーの最高級ダウン入りで、寝袋のような高い保温性能を持つ。同コレクションは8000メートル級の山を登ることを想定して開発されており、ザ・ノース・フェイスと契約している登山家のデビッド・ゲトラーは2022年5月、このウェアを着てエベレストへの無酸素登頂を果たした。 

寝袋

ザ・ノース・フェイスは同コレクションのギア類も取りそろえている。外気温マイナス12℃まで快適に使用できる寝袋「Superlight -12」(1350ドル)は、重量わずか737グラム。重量比での保温性は、おそらく市販品ではトップだろう。超軽量でも暖かい理由は、ふんだんに使われた1000フィルパワーのダウンと、体温を逃さないアルミニウムコーティングのナイロン生地だ。また、体のラインに合わせたボックス型のため、かさばるダウンパーカを着たままもぐりこむこともできる。