“ブルーゾーン”に学ぶ
イタリアのサルディーニャ島から中米のコスタリカまで、長寿地域の人々は長生きなだけでなく、健康で幸せに暮らしている。

『ナショナル・ジオグラフィック』誌のシリーズ記事の中で、ジャーナリストでベストセラー作家でもあるDan Buettnerは“ブルーゾーン”と名付けた世界の五大長寿地域を挙げている。「ブルーゾーンには共通の原則があります」と語るBuettnerは、2019年の著書『ブルーゾーンのキッチン:100歳まで生きるためのレシピ100選(日本未発売:The Blue Zones Kitchen: 100 Recipes to Live to 100)』で、こうした特別な地域に住む人々の食卓を紹介している。「アメリカ人は健康とは追求するものと考えがちです。効果的な食事法やエクササイズを探し、そのルールに必死に従い、自分を追い込んで手に入れるものだと。しかしブルーゾーンの人々は、適切な環境で暮らしているだけで自然に健康長寿になっているのです」。言い換えれば、ウエルネスとは生活様式そのものなのだ。ブルーゾーンは世界に(おそらくこの先もずっと)5カ所しかなく、新しく作り出すことは不可能だとBuettnerは言う。

不思議なことに、ブルーゾーンはイタリア、ギリシャ、コスタリカ、日本、アメリカという世界の全く異なる5カ所に点在している。Buettnerは年齢と統計情報の実地検証を行い、医学研究者や人類学者、人口統計学者、疫学者らに協力を仰いで、この5カ所の生活様式の何が健康長寿に影響しているのかを特定した。「寿命の決定要因の約20%は遺伝子であることが分かっていますが、残りの80%は何か他の要因があるはずです。世界の別々の5カ所でどのような人が長生きしているかが分かれば、健康長寿の鍵が見えてきます」とBuettnerは言う。

ブルーゾーンの共通点を念頭に置けば、他の地域の状況を改善することも可能だ。「付け焼き刃的に地元のスパの店名を“ブルーゾーン”にしたところで、ブルーゾーンにはなれません。しかし、健康に良い選択をせざるを得ない環境を徹底的に作ることで、ブルーゾーンに近付き、“認定ブルーゾーン”になれます」。Buettnerが設立した有限会社ブルー・ゾーンズ(bluezones.com)は地域社会と協力し、住民がより健康に長生きするための環境基盤作りと啓発に取り組んでいる。アメリカ、カリフォルニア州南部のビーチシティーズ地区では、飲食店がブルー・ゾーンズのスタッフの助言を受けながら植物由来のメニューを導入し、また、学校のカフェテリアは野菜や果物をより多く提供できるよう改革を行った。さらに、スタッフが地元議員と連携し、タバコ関連の政策立案に当たったこともある。こうした改革を約90件実施した結果、肥満率が1年で19%も減少した。

サルディーニャ島では、エメラルド海岸沿いにある高級リゾート、ホテル・カラ・ディ・ヴォルペ(marriott.com)がブルーゾーンに程近い立地をサービスに生かしている。家母長制の伝統で知られる高地の村6つを包含するこのゾーンでは、100歳以上の住民数が飛び抜けて多い。「ブルーゾーンのコンセプトは、私たちの伝統を単に現代風に解釈したものです」と、この島で生まれ育った同ホテルの総支配人Franco Mulasは言う。Mulasはヨーロッパ各地でキャリアを積んだ後、故郷に戻って来た。「この島の健康長寿の理由は生活様式にあります。良い食べ物と良いワイン、人とのつながり、そして自然に囲まれていることです」。

エメラルド海岸は、今やイタリア版ハンプトンズ地区(ニューヨークの高級ビーチリゾート地)ともいえる存在だが、プラダやグッチのキャリーバッグを引く富裕層が好む旅先以上の場所に発展しつつある。その中心地にあるのが、陽光を浴びて古い写真のように色褪せた、淡いピンクとクリーム色のテラコッタ壁が美しい同ホテルだ。一分の隙もないサービスを何より大切にしているこのホテルは近年、最新のホリスティックケアを取り入れたアプローチで人気を集めている。滞在客が世界を飛び回る生活を捨て、島伝統の羊飼いになるようなことはないにしても、少なくともここにいる間は、真の意味での健康的な環境で過ごせる。かといってカロリー計算やハードなエクササイズをさせられるわけでもない。自然豊かな環境の中で、ストレスのない快適な時間を過ごすことが肝心なのだ。

このホテル、そして姉妹ホテルであるエメラルド海岸のホテル・ピトリッツァとホテル・ロマッツィーノでは、サルディーニャ島の文化に根差したサービスを提供している。動脈硬化を防ぐフラボノイドが一般的なワインの約3倍含まれる地元産カンノナウ品種の赤ワインや、地元のヒツジやヤギの乳で作ったオメガ3脂肪酸が豊富なヨーグルトとチーズを味わい、澄み切った空気を吸い込み、クルーズや散策の合間、そして屋外の食卓で友人とくつろぎ、笑い合いながら不安を吹き飛ばし、本物のつながりを築く。加えて新しく誕生したウエルネス関連のサービスも、ポジティブな選択を誘う。そのラインアップは、この地域最大の海水プールでの水泳や、絶景が広がる近隣トレイルでのハイキングなど。さらにホテル内の全てのレストランで、イギリスの著名な栄養士でベストセラー作家でもあるAmanda Hamiltonが監修したメニュー「Equilibrium」(「バランスがとれた状態」を意味する)の料理をオーダーできる。

「サルディーニャ島の健康統計データは住民の健康度が非常高いことを示しており、その要因の大部分は植物由来の自然食品と、地元産の高品質な肉や魚を中心とした食生活にあります」とHamiltonは説明する。「私が監修したメニューは地元の食文化を尊重しつつ、意外性のある食材で新しさも取り入れています」。メニューに並ぶのは、ズッキーニのスパゲッティ、マートル風味のアイスクリーム・百花ハチミツ添え、ゲストの好みに合わせたスムージーやジュース、低炭水化物・グルテンフリーのココナツマフィンなど。中でもHamiltonの一番のお気に入りは、ズッキーニの花にヤギ乳の地元産ソフトチーズとホテル内のオーガニック菜園で収穫した野菜のサルサヴェルデ(グリーンソース)を詰めた一品だ。

このラグジュアリーホテルの魅力を一層引き立てているのは、ヤギとニワトリを飼育するオーガニックファームや、有名シェフ松久信幸の日本料理レストランMatsuhisa、資生堂がプロデュースするShiseido Spa、そして環境に配慮しながら改装された客室だ。Matsuhisaで味わえる料理は、食材を無駄なく味わう豊かな食習慣の好例である。「キャビア・ボッタルガ」(カラスミの一種で、ボラの卵を塩漬けにして天日に干したもの。徐々に癖になる味)など、地元の珍味を取り入れた魚と野菜中心のメニューはぜひ味わっておきたい。Shiseido Spaでは、マートルやローズマリーなど地元原産ハーブのエッセンシャルオイルを使ったマッサージ「ウェルビーイングとアロマテラピー(Well-Being and Aromatherapy)」がお薦め。改装されたばかりの客室はこの地の漁村や自然にインスパイアされた内装だが、スパも同様に、オロゼイ大理石やサルディーニャ産の御影石、再利用したネズの木材など、地元ならではの建材を内装に取り入れている。

ブルーゾーンに程近い立地をサービスに生かしているホテルはカラ・ディ・ヴォルペだけではない。実際、人々のブルーゾーンへの認識が高まるにつれ、ヘルシーなライフスタイルを学べるウエルネスリゾートへの需要も高まっている。イタリア南部、アドリア海に面したプーリア地方にあるボルゴ・エグナツィア(borgoegnazia.com)は、ブルー・ゾーンズ協会の認定を受けた宿泊プランを提供する初めてのホテルだ。「当ホテルのモットーは、人々に幸せを届けることです。それはお客様にも、そして従業員にもです」とオーナーのAldo Melpignanoは言う。「そのために、科学的根拠に基づいたアプローチで有意義なウェルビーイング体験を提供したいと思っていました」。2019年9月から提供されている4日間または5日間の宿泊プラン「ブルー・ゾーンズ・リトリート(Blue Zones retreat)」では、健康長寿の習慣を学び、実践する。